芸能界における名バイプレーヤーとしてその存在感をますます大きくしている富田望生さん、今回はそんな富田望生さんの学生時代はどんな過ごし方をしたのか、大学へは進学したのかなどを深掘りして調査してみました。この記事を読み終えるころにはきっとあなたも富田望生さんの魅力の虜になっていることでしょう。ぜひ最後までお読みくださいね。
富田望生高校の序章
「富田望生(とみたみう本名)」さんは女優が生業、2000年(平成12年)2月22日生れで24歳です。
出身は福島県いわき市です、所属はジャパン・ミュージックエンターテイメント(イーコンセプト)に所属しています。
「富田望生」さんは自身が誕生する約五ヶ月前1999年5月25日に父親が事故で亡くなったために「富田望生」さんに兄弟はなく、母一人子一人の母子家庭として育ちました。
「富田望生」さん自身はピアノだ大好きで将来自分はピアノ教師になりたかったが、2011年に東日本大震災に遭遇して、やむなくお母さんの仕事の都合で東京へと引っ越します。
東京へ転居してからはあれだけ大好きだったピアノにも力が入らず、無気力な毎日を過ごしていました。
これではいけないと思っていたところに、最初の事務所である「テアトルアカデミー」のタレント募集広告が目に入り、応募して見ることにしました。
そして見事に合格、そこから「富田望生」さんの芸能活動が始まります。
最初は誰もと同じ下積み生活で主にエキストラの仕事ばかりやっていましたが、2015年3月15歳の時に「ソロモンの偽証」で映画に初出演することが出来ました。
「ソロモンの偽証」ではオーディションを受けた約1万人の中から浅井松子役に選ばれたのです。
この時、役造りのために約15kg太ったことを2017年9月に放送された「めざましテレビ」でのインタビューで語っていました。
「富田望生」さんは役作りのために自分の体重を減量したり増量したりとその役作りに打ち込む執念は他を圧倒するものがあります。
富田望生高校:富田望生と東日本大震災
その後の芸能活動は順調に推移して役者としての実力を磨きました。
2019年上半期のNHKの連続テレビ小説「なつぞら」で広瀬すずが扮する主人公の親友役でNHK朝ドラに初出演を果たし、その後は2023年下半期の同番組「ブギウギ」に出演し「小林小夜(こばやしさよ)」役で出演しています。
そんな富田望生さんの学歴について調査してみたいと思います。
富田望生さんが最初に入学したのが「いわき私立郷ヶ丘小学校」でした。
しかしその後、富田望生さんは小学校5年生で東日本大震災に遭遇して、お母さんの仕事の都合で東京の小学校へと転校を余儀なくされています。
これはお母さんが勤務するホテルが避難区域内であったため、同じ系列の東京都内のホテルに転勤を余儀なくされたためでした。
しかしこの転校は富田望生さんにとってはとても嫌なものでした。
仲良しの友達や当時習っていたピアノの先生と離ればなれになることがとても嫌で仕方がなかったと後に語っているのです。
東京に行く新幹線の中で「東京なんかに行きたくない、今からでも福島に戻ろうよ」と言ってお母さんを困らせたのを覚えています、それは小学校6年生になった時でした。
上京してから転校した小学校は府中市立第一小学校かもしくは府中市立第三小学校のいずれかでした。
この転校は富田望生さんにとっては大きな衝撃だったようです。
突然の震災により、いとも簡単に運命がガラリと変わってしまう、大好きな福島を離れなければいけなくなったことが小学校6年生の身には受け入れがたい衝撃的な出来事だったのです。
そのため、上京してからは習い始めたピアノも先生が変わってしまったことからやる気が消沈してしまい、すぐに辞めてしまったそうです。
その後通った中学校は東京都内にある府中市内の公立校である府中第四中学校です。
中学生時代には吹奏楽部に在籍して、ドラムやクラリネット、パーカッションなどの楽器を奏でていたそうです。
上京してからの富田望生さんは部活には励んだものの、あまり乗り気ではなかったようで、無気力に時間が過ぎてしまいました。
富田望生高校:富田望生の学生生活
そんな時2013年13歳になったときにインターネットでタレント募集の公告を見つけました。
いわきの友達に元気な姿をみてもらいたいとの思いから「芸能事務所テアトルアカデミー」のオーデションをお母さんに内緒で受験して皮肉にも見事合格してしまいました。
当初はお母さんにいぶかられましたが、まもなく応援してくれるようになったそうです。
女優になった当初はエキストラばかりの仕事でしたが、2015年に初の映画出演を果たしています。
そんな富田望生さんの高校時代は女優としての仕事が忙しくなり全日制の高校に通学するのは無理と判断して通信制の高校に進学しています。
しかしながら富田望生さんが実際にどこの通信制高校に通っていたかわ現在のところ判明してはいません。
通信制の高校で芸能人が通った学校に日出高校という学校がありこれは他の芸能人もよく通っていた実績のある高校で富田望生さんもこの高校の通信制で学んでいた可能性が大きいのです。
2歳年上の女優「小芝風花」さんもこの通信制の日出高校に在籍していたことがあります。
そんな富田望生さんですが果たして一体どこの大学に進学しているのでしょうか、気になりますよね。
しかし実際には富田望生さんは大学には進学していませんでした。
それは芸能活動一筋で行くには学業との両立が難しいと判断したからでした。
高校を卒業した段階ではすでに富田望生さんは売れっ子女優として大活躍していましたから、大学に通いながら芸能活動を続けることはほぼほぼ不可能な状態にあったためでした。
富田望生さんの演技力は特に個性的な演技が多くて芸術系の大学に進学していそうな雰囲気がありますよね。
でも大学には進学せずに芸能活動一筋に生きる道を選んだのです。
大学に進学していれば当然今のような様々な作品に出演することはなかったと思われますよね。
そして、歴史に“もし”はありませんが東日本大震災がなかったとすれば今頃は富田望生さんは芸能界で今のように活躍することもなく、いわき市でピアノの先生になっていたかも知れませんね。
人の運命はどこでどう変わるか全く分かりません。
そういえばお母さんとお父さんの出会いも運命的な出会いだったようです。
富田望生さんのお父さんはサーフィンが趣味で湘南に住んでいたそうですが、より良い波を求めて福島県いわき市に引っ越して来ました。
そこで富田望生さんのお母さんと運命的な出会いをします。
お父さんが25歳、お母さんが28歳の時でした、そうして結ばれた二人の間に富田望生さんが誕生しました。
しかし前述したようにその時はすでにお父さんは事故で他界していたのです。
そんな富田望生さんのことをお母さんはインスタに18歳の頃のお父さんの写真を載せて「お父さんソックリ」と顔を微笑ませていました。
その事からもわかるように富田望生さんの両親の夫婦仲は凄く良好だったようですね。
富田望生高校のまとめ
富田望生さんは現在まだ24歳という若さでありながらすでに名バイプレーヤーとして芸能界での存在感を大きく成長させている女優です。
普通バイプレーヤーとして名が通ってくるのは演劇の歴史を積み重ねて評価された人物が名バイプレーヤーとして浮上してきます。
富田望生さんはすでに24歳という若さでその存在感を大きくしているのです、各方面からその演技力の高さを評価されれいる証拠ですね。
そしてバイプレーヤーだけでなく、すでにある映画に主演することも決まっているそうです。
富田望生さんは小学校6年生の時に東日本大震災に遭遇して、運命がガラリと変わってしまいます。
東日本大震災は日本の歴史にとって本当に不幸な出来事でしたが、富田望生さんはこの不幸な出来事をバネに見事に自身を成長させることが出来たのです。
お父さんも富田望生さんが生れる前に事故で亡くなるという不幸がありましたが、お母さんはそんな富田望生さんを必死で育ててきたのです。
そんなの母親の後ろ姿を見て育った富田望生さんは東日本大震災も相まってどんな苦労苦難にも打ち勝つ力強さを知らず知らずのうちに身に付けていたのです。
これからも我々視聴者の目を楽しませてくれる芸能人として大きく成長して行かれることを願って止みません。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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