いとうあさこさんというお笑いピン芸人がいます。このいとうあさこさんの父親は東京大学法学部を卒業され富士銀行に入行すると、この富士銀行を背負って立つ幹部候補生としての10人のうちの一人に選ばれるほどの人物でした、そしてその実力を遺憾なく発揮してなんと富士銀行の常務にまで上り詰め、関連会社の社長も務めるほどの人材として優れた能力を発揮したのです。今回はそんないとうあさこさんの父親の経歴を深掘りしてみました。ぜひ最後までお読みくださいね。
いとうあさこ父親の序章
いとうあさこさんは1970年(昭和45年)6月10日生れの53歳です。
出身は東京都渋谷区です、職業はお笑いピン芸人、司会者、リポーター、女優とその活躍の場は幅広く留まることを知りません。
いとうあさこさんの芸風は、漫談が基本スタイルです。
男性関係の希薄さや、金銭関係の困窮など自虐的なネタを好んで用いています。
自虐的とはいえそれを超明るくしゃべりまくり悲壮感のなかに笑いの要素がタップリと盛り込まれて居て見ている者をいとうあさこの世界に引きずり込んで行く。
そんな不思議な魅力のあるお笑い芸人なのです。
いとうあさこさんは小学生の時にはピンクレディーに熱中し、近藤真彦さんの大ファンでもありました。
自分の部屋にポスターを貼りまくっていたそうです。
また自身はお笑いにも大変興味があり、当時全盛を迎えていた「8時だョ!全員集合」が大好きで家の近所で行われた回は時々観覧に行っていたそうです。
そんないとうあさこさんは幼少期から超名門と言われた雙葉学園小学校に入学しています。
この小学校は歴史も大変古くて創業が明治8年という歴史ある名門校なのです。
皇室の美智子上皇后や現皇后の雅子さまも卒業卒業されているほどです、また有名女優も多数この学園を卒業しています。
いとうあさこさんの実家は凄い資産家の家柄で自宅もお屋敷と言われるほどのレベルなのです。
今回はそんないとうあさこさんの父親である伊藤新造さんに焦点を当てて調査し、またいとうあさこさんの家族構成や家族との関わり方などにも出来るだけ詳しく調査して見たいと思います。
いとうあさこ父親の履歴
いとうあさこさんの父親は伊藤新造(いとうしんぞう)さんと言います。
この伊藤新造さんは1937年3月29日生れの87歳です、職業は日本の実業家です。
趣味はゴルフ、ゴルフ、読書、将棋だそうです。
現在は現役を引退されて都内の自宅で平穏な日々を過ごされています。
この方の現役時代がまた凄いのです。
富士銀行(現みずほ銀行)の常務取締役を経て、芙蓉総合リース、富士総合研究所社長等を勤め上げました。
ここで伊藤新造さんの輝かしい経歴を簡単に紹介してみたいと思います、
伊藤新造さんは麻布高校から東京大学法学部を卒業し、1959年(昭和34年)4月に富士銀行に入行しました。
富士銀行は入行時から将来の幹部候補生を10人程度に絞って育成していますが、伊藤新造さんはその中の一人でありました。
この伊藤新造さんは祖父、父親、兄と三代にわたって東京大学出身という超エリート家系なのです。
そしていとうあさこさんのお兄さんも東京大学出身です。
四代連続東大家系という、いやはやもう私のような凡人から見れば雲の上というよりもそのはるか上の宇宙で燦然と輝く太陽のような存在になります。
そんな伊藤新造さんは、まさに入行時からスーパーエリート候補として採用されたのです。
その後も順調に出世街道を駆け上がり、本郷、九段支店長を務め、1987年(昭和62年)6月に同社取締役に選任され人事部長に就任。
1990年5月に同社常務取締役に就任する。
1992年(平成4年)6月に富士銀行を離れ系列の芙蓉総合リース社長、98年からは富士総合研究所社長を務める。
2003年(平成15年)6月、富士時代の部下が頭取を務める荘内銀行の監査役に就任し、2008年6月に取締役となります。
その後も出世は順調に推移し、2009年(平成21年)10月には、荘内銀行と北都銀行の経営統合によって金融持株会社・フィデアホールディングスが発足すると取締役になりました。
その後、2016年にすべての役を退任しました。
このようにいとうあさこさんの父親は銀行界のサラブレッドとして出生街道を駆け上がって行ったのでした。
そこで、この伊藤新造さんの年収も気になりますよね。
年収は一体どれくらいあったのでしょうか。
銀行員の平均年収は現在約600万円ということです。
一般サラリーマンの平均年収は約420万円から450万円ということですから銀行員はそれより200万円ほど上回っていますね。
課長、部長クラスですと、1,500万円~2,000万円位ということだそうです。
頭取まで行くと年収は3,000万円から5,000万円というレベルだそうです。
ちなみにアメリカなどでは頭取クラスになると億を超えるそうです。
いとうあさこさんの父親は富士銀行で常務でしたから、確実に年収2,000万円を超えていたことは間違いないでしょう。
いとうあさこ父親:いとうあさこの母親とは
またお母さんも早稻田大学を卒業する才媛でした。
いとうあさこさんの父親は正に富士銀行のスーパーサラブレッドとして活躍していましたが、お母さんもそれに匹敵する人材でした。
以前いとうあさこさんが関西テレビ「怪傑えみちゃんねる」に出演した時に語っていたお話によると。
お母さんの実家も相当な資産家だったそうで、実家の門から玄関まで車で3分もかかったと言われています。
車で3分というのは相当長いですよ、ちなみに私の家は門から玄関まで歩いて1秒かからないくらいです(泣)。
お母さんの実家は自宅にビリヤードやプールもあったそうです、そして自宅の中にお手伝いさんの住む家や竹林まであったということです。
自宅にお手伝いさんの住む家まであるという、これだけ聞いただけでも凄い邸宅ですよね。
そしてお母さんは家事をきちんとこなす専業主婦の見本のような方だそうです。
料理も大変上手でいとうあさこさんはどんな料理でも何を食べても美味しかったと語っていました。
ちなみにいとうあさこさんの両親はお酒が大好きで、いとうあさこさんは子供の頃は自分は絶対このような酒好きの大人にはなりたくないと思っていたそうです。
しかし大人になったいとうあさこさんはお酒が大好きになってしまったそうです。
そしてお酒の飲み方までお母さんそっくりになってしまったということです。
お兄さんは妹さんはお酒が好きかどうか公表されていませんが、きっと家族全員好きなんではないでしょうか。
自宅に家族全員が揃った時などは、きっと楽しい酒宴が行われていることでしょうね。
いとうあさこ父親:いとうあさこ両親とのエピソード
いとうあさこさんは高校を卒業すると大学には進学せずに、家出をしてしまいます。
そして20歳になったときには成人式に出席することさえなかったそうです。
お母さんとしては娘の晴れ姿を見たかったことは簡単に想像が付きますが、実際にはそれは果たされませんでした。
そこでお友達とそのお母さんの配慮で振り袖姿の写真を撮り、その後で友達レストランで食事をしたそうです。
いとうあさこさんはこの友達とそのお母さんの配慮が身に浸みて嬉しかったそうです。
しかし後にわかったことですが、この食事会をお母さんは遠くの物陰からそっと眺めていたということです。
そして、成人式に着た着物の帯締めと帯揚げはお母さんが用意したものだったのです。
これが子を想う親心なんですね、当時のいとうあさこさんは「親の心子知らず」状態だったようですね。
また父親は金銭的にはとても厳しい方で自身は大富豪であるにも関わらず子供達には小遣いを沢山与えるようなことはしませんでした。
いとうあさこさんは中学生になっても小遣いは月に300円だったそうです。
お年玉もおじいちゃん、おばあちゃん、そして両親からそれぞれ3000円づつもらうだけで、それ以上や他の親族からお年玉をもらってはいけなかったそうです。
どこやらの女優は息子に月50万円もの小遣いを与えて放任していたのとは大違いですね。
両親はいとうあさこさんが大人になってからの金銭感覚が正常な人間になるよう、ちゃんと配慮してくれていたのです。
ですからいとうあさこさんは家出してからも自分でしっかりとアルバイトをして生活費を稼ぐことを厭わなかったのですね。
両親の娘に対する遠謀深慮の賜ですね。
いとうあさこ父親のまとめ
今回はいとうあさこさんの父親について深掘りしてみました。
この伊藤家は曾祖父からいとうあさこさんのお兄さんに続くまで親子四代に渡り東京大学を卒業するというまさにスーパーサラブレッドとして家系なのです。
いとうあさこさんの父親は東京大学を卒業後、最初から将来の幹部候補生10人のうちの一人として選ばれたほどの人物でした。
そして富士銀行常務まで上り詰め、系列会社の社長まで歴任する実力の持ち主でした。
ちなみにいとうあさこさん自身も超名門校である雙葉学園という中高一貫校を卒業されているのです。
この学園は皇室の美智子上皇后や現皇后の雅子様も卒業するというほどの名門校として有名な学校です。
そして自身は大富豪であるにも関わらず自分の子供達を甘やかすことはしませんでした。
日本人として必要な感性を身に付けると共に、きちんとした金銭感覚をも身につけ、世間に出たときに通用するような教育をすることを怠りませんでした。
これはいとうあさこさんのお母さんについても同じことが言えるのです。
いとうあさこさんの両親は自分の背中を見せることで子供達を育てていたのです。
このような両親に育てられた、いとうあさこさんは自分の目標をキチンと見据えどんな辛い時期もブレることがありませんでした。
キチンと将来をみつめられる子供に育ち、いまの自分の芸能界でのポジションを築いて行ったのです。
この両親の愛なくして今のいとうあさこさんはありえないと言っても過言ではありません。
立派な両親の元に立派なお子さんが育ち、いとうあさこさんのような素晴らしい芸能人が生まれたのです。
これからも末永く両親が健康でいられることをお祈りいたします。
さいごまでお読み頂きありがとうございました。
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