こんにちは!阿久太です。今日取り上げるのはバラエティ番組などでも大活躍されている「はるな愛」さんです。ニューハーフでありながらいつも笑顔でお茶の間でも大人気ですよね。そんなはるな愛さんの若い頃がこれまた「アイドル級に綺麗だった!」とSNSやネットで度々大きな話題となってファンならずとも驚かされることがあるのをご存じでしょうか。今回はそんなはるな愛さんの若かりし頃にスポットを当てて紹介したいと思います。2,009年に「ミス・インターナショナル・クイーン2009」での優勝や「大西顕示」として活躍していた時代の面影まで、その美しき変遷を総まとめ。なぜ彼女はこれほどまでに輝き続けるのか?その裏に隠された努力と、彼女が体現する「美の真髄」に迫ってみました。
アイドル顔負け
いまではすっかりお茶の間でも人気のはるな愛さん。
底抜けに明るいキャラと「エアあやや」などのコミカルな芸風で愛されていますよね。
そんなはるな愛さんですが、彼女を語る上で欠かす事の出来ないのが2,009年の出来事でした。
彼女はタイのパタヤで行われたトランスジェンダーの最高峰を決める祭典において見事その最高峰に輝いたのです。
2,007年に行われた大会では4位という結果に涙した経験をバネに徹底した食事制限とトレーニングで10kgもの減量に成功。
そして臨んだ2009年の大会において並み居る世界の美女を抑えて見事にグランプリに輝いたのです。
優勝が決まった瞬間に、彼女は脇目もはばからず大粒の涙を流したのです。
その姿は単にタレントという枠を越えた一人の女性としての美しさを日本中に知らしめたのでした。
それまではお笑いタレントの一人だろう、ぐらいにしか見られていなかった彼女が世界一の称号を手に入れた瞬間に世間の評価は「美の象徴」としての地位を獲得、その評価は一変したのです。
この優勝において彼女自身のキャリアを切り拓いただけでなく、日本のトランスジェンダーの地位を理解、知らしめる大きな一歩を踏み出したのです。
そしてトランスジェンダーとして、彼女をさらなるポジティブな方向へと大きく舵を切るきっかけとなったのです。
ストイックに美を追究し、自らの手で「世界一の称号」を掴んだ若い頃の彼女の姿は、今なお多くのファンの心に刻まれているのです。
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大西顕示時代の面影を探し
これはファン以外の人達には余り知られていませんが、はるな愛さんが現在の「愛ちゃん」として輝く以前、本名の「大西顕示」として活躍していたことはファンの間ではよく知られていることなのです。
この時代においても、現在の愛らしさに通ずる本当に驚くほどの美少年ぶりに驚かされます。
天草四郎か大西顕示かと思われるほどだったのです。
現在のふんわりとした女性らしい美しさの中に、ピリッとした表情や、ニッコリと笑った口元にはこの大西顕示の面影を彷彿とさせる面影が色濃く残っていることに気が付く方もいることと思います。
でもこの面影の裏側では周囲が求める「男の子らしさ」と自分は「女の子になりたい」という心の葛藤が激しく渦巻いていたのです。
はるな愛さんは当時の自分を振り返り、本当の自分を隠して生きて来た苦悩を語っていたのです。
私たちが今、彼女を見た時「美しい」と感じるのは単にその造形が美しいからだけではないのです。
この大西顕示時代の葛藤を乗り越え、自分らしく生きる道を選んだことにより手に入れた「内面の輝き」が以前の美少年だった頃と重なり合い、唯一無二の魅力となって現れているのではないでしょうか。
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性別を超えた美しき変換
トランスジェンダーの世界では世界一の美女の栄冠を手にし、国民的人気を手中に収めたはるな愛さんですが、その道のりは決して平坦なものではなかったのです。
思えば大西顕示としての自分に別れを告げて以来、女性としての歩みを始めた彼女を待っていたのは厳しい下積み時代でした。
10代でニューハーフの世界に飛び込んだ彼女でしたが、その後は大阪のショーパブなどで働きながら必死に自分磨きを続けたのです。
その頃は今のように多様性が称賛される時代では無く、世間の理解はほぼ皆無でした。
しかし、彼女はいつかこの世界でスターになるという夢は絶対に捨てませんでした。
そしてこの時期に彼女は一大決心をし、性別適合手術を受けるという決断を実行したのでした。
これも自分を本物の女性へと完成させる命がけのステップだったのです。
そんな時にはるな愛さんに大きな転機が訪れたのです。
それは、松田聖子さんのモノマネをベースとした「エア・あやや」を誕生させたのです。
口パクではありましたが、アイドルの多幸感を全力で表現したその姿は、バラエティ番組などで爆発的な人気を呼び込んだのです。
そして、そこで注目すべきはどんなに笑いを誘って居ても、はるな愛さんの身のこなしや、衣装のセンスが常に清潔感に溢れ「綺麗で洗練」されていたのです。
いままで苦労したからこそ、下積み時代を忘れることなく、彼女はステージに立つよろこびを誰よりも知っていたのです。
これは単なる「モノマネタレント」にとどまらず、一人のエンターテイナーとして美しくありたいと願うその姿勢が今の彼女の輝かしい活躍へと繋がって行ったのです。
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なぜ今も愛される
はるな愛さんがデビューから現在に至るまで、世代を問わず支持され、人気を得ているのは単に「若い頃が綺麗だった」ということだけではありません。
彼女の本当の凄さは、年齢を重ねるごとにその美しさをアップデートさせ続けている点にあります。
彼女の根底にある精神は「周囲を明るく照らす」という美学なのです。
若い頃に性別による差別やその壁、そして厳しい下積み時代を経験したからこそ他人の痛みやその孤独に寄り添う、相手を慮る優しさを知らず知らずのうちに身に付けて行ったのです。
ミスコンで世界一の座に輝いた時も、彼女が最も重要視していたのは外見の美しさもさることながら、内面から溢れる人間力や知性だったのです。
その「誰かを笑顔にしたい!」という彼女のひたむきな想いが、表情をより輝かせ、多くのファンを獲得、惹きつけて止むことがありません。
また彼女はアンチエイジングや体型を維持するといった努力や美容面でも、惜しげも無く常にオープンなのです。
時にはリバウンドしたこともありますが、それまでも笑いに変え、再びストイックに自分を鍛え直す姿は、同じ悩みを持つ人々の間に勇気とよろこびを与えているのです。
「若い頃の時代」を大切にしつつも今の自分を最大限に愛し、つねにポジティブに生きる。
そんなはるな愛さんの生き方はすでに「ビューティフル」の完成形なのです。
これからも彼女は私たちに「自分らしく輝く」その素晴らしさを、そしてその変わらぬ笑顔と進化し続ける美しさを伝え続けてくれることでしょう。
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まとめ
はるな愛さんの「若い頃」を振り返ってみると、それは単に造形の美しさだけではなく、自分らしく生きるために闘い続け、人一倍努力を重ね続けて来た一人の女性の力強い足跡があったのです。
大西顕示時代の瑞々しい美少年の時代から、世界を震撼させた「ミス・インターナショナル・クイーン」における圧倒的な美しさ、そして現在のお茶の間を笑顔にさせるチャーミングな姿。
その変換の全てが、彼女が見えないところで人一倍人生をかけて磨き続けて来た「美しさ」の証しなのです。
彼女が今もなお、そしてこれからも「綺麗」であり続け、多くのファンに愛されるのは、決して過去の自分を否定せず、今の自分を愛し、常にポジティブで努力を惜しまないからに他なりません。
この記事を通じて、彼女の表面的な美しさだけでなく、その裏側にある、隠れたストイックな生き様や彼女の深い愛情を感じて頂けたら、これに勝るよろこびはありません。
私たちも彼女のように、自分自身の「綺麗」を信じ、一歩づつでも歩んで行きたいものですね。
最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。
はるな愛のプロフィール
- 生年月日 1972年(昭和47年)7月21日(金)53歳
- 出身地 大阪府大阪市東住吉区(現・平野区)
- 血液型 O型
- 身長 164.5cm
- 学歴 高等学校(中退)
- 所属事務所 株式会社「サンズエンターテインメント」
- 配偶者 未婚
- 公式サイト はるな愛公式ページ
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