お笑いピン芸人として人気が急上昇してきたヒコロヒーさん、今回はそんなヒコロヒーさんを取り上げて紹介してみました。そして、ヒコロヒーさんの出身高校なども出来るだけ詳しく調査しました、しかし本人はなにも公表していませんので状況証拠を集めて調査してみた結果を報告して行きたいと思います。またヒコロヒーさんは財閥の血縁ではないかとの噂にも踏み込んで調査してみました。ぜひ最後までお読み頂きヒコロヒーさんの謎に迫って下さいね。
ヒコロヒー高校の序章
ピン芸人として活躍する「ヒコロヒー」さんは1989年(平成元年)10月15日生れ34歳で、出身は愛媛県です。
職業は日本のお笑い芸人、タレント、所属は松竹芸能で本名は非公開となっています。
今回はそんなヒコロヒーさんの出身地や出身高校をできるだけ詳しく探ってみたいと思います。
ヒコロヒーさんは2021年上半期ブレイクタレントに名をつらねていましたが、最近では本当によくテレビなどで見かけるようになりました。
自身は自虐的に借金芸人などと言っていますが、実家はとんでもない富裕層であるという説が持ち上がっています。
そこいらへんも含めできるだけ詳しく紹介して行きたいと思います。
このヒコロヒーさんの出身については、謎な部分がおおくあります、わかっていることは愛媛県出身だということくらいです。
したがって出身高校も特定出来ていませんが、これまでにわかっている情報を精査して出来るだけ調査してみました。
ネットでは愛媛県の松山市、もしくは新居浜市が有力なのではと挙っています。
本人が言っていたところによると、「高校時代は田舎で遊ぶことが多かった」と言っていますので、松山市あたりが有力な出身地といえそうですね。
ちなみに、松山市出身の有名な芸人は「友近」さんが有名ですね。
どちらも姉御肌なところが似ているようです。
ヒコロヒーさんは高校を卒業すると地元のガソリンスタンドに就職が決まっていたそうですが、親のすすめもあって1校だけ受験した近畿大学に合格し、大学進学を決めました。
近畿大学に決めたのは大阪のミナミに憧れがあったからだそうです。
ヒコロヒー高校の松山市説
近畿大学では「文化会落語講談研究会」に所属していて、人気お笑いコンビ「霜降り明星」の二人は学生時代からの付き合いだそうです。
でもその近畿大学も3年生の時に退学してしまいました。
大学時代も麻雀ばかりやっていて留年が決定してしまい、現役で卒業できないことがわかると、芸能活動に専念しようと、松竹芸能の養成所に入ったそうです。
そんなヒコロヒーさんの過去でわかっているのは近畿大学中退ということだけです、では出身高校はどうだったのでしょうか。
松山市出身だとすると、ヒコロヒーさんは大学をあまり受験勉強もせずに合格しているところから頭脳優秀と思われます。
そしてなんとヒコロヒーさんは英会話にも堪能でその他にも「韓国語」「中国語」「ドイツ語」もある程度出来るそうです。
そこで松山市で有名な高校だと、「済美平成中等教育学校」(愛媛県松山市空港通五丁目6-3)が有力です。
この学校は中高一貫教育の男女共学の私立学校です、偏差値が61で松山市でも難関高校に挙げられ競争倍率は1.1~1.2となっています。
校訓は「自律」「創造」「対話」の3つが掲げられています。
学校長の方針として、済美平成校は「知」を学ぶ学校ということです、この「知」というのは知識以上のものをいいます。
「知」をもって共に新しい時代を創造する仲間になって行って欲しいというのが学校長の方針です。
これは素晴らしい感性ですね。
ヒコロヒーさんの感性もこういった教育方針により磨かれた部分もあるのでしょうね。
【「済美」という名前の由来は中国の歴史書「春秋左氏伝」にある(世々其(よよそ)の美を済(な)し其の名を隕(お)とさず)から採られました。済美学園の一貫として「平成」時代に創立された本校は、「平成」という言葉が、同じ「春秋左氏伝」で「済美」の後に登場することから「先人の素晴らしい業績を受け継いで良い行いをし、世の中を平和な方向へ導いていく」という意味を込めて、名付けられました。】引用:済美平成中等教育学校ホームページより
ヒコロヒー高校時代の生活とは
高校時代のヒコロヒーさんは愛媛のヤンキーだったと語っていましたが、ほんとうにそうだったのでしょうか。
ヒコロヒーさんは高校時代は部活などをせずに、その時間を遊び回っていたそうです。
元々頭の良い生徒なので自分の時間を大切にしたのかも知れません。
裏山の立ち入り禁止区域でチキンレースをやったり、友達の自宅のバーベキューセットで火遊びしたりと自称ヤンキーだったそうですね。
そどうもヒコロヒーさんはこの高校を卒業した可能性が大きいのですが、どうも校風とはいまいちあわなかったのかもしれませんね。
その反面、ハイブランドの財布を持っていたり、放課後にアフターヌーンティーを楽しんでいたこともあったそうでヤンキーらしからぬ一面もあったようですね。
そんな感じで言わば「ゴリゴリのヤンキー」ではなくヤンキー2軍というところでしょうか。
どうもヒコロヒーさんはこの高校を卒業した可能性が大きいのですが、どうも校風とはいまいちあわなかったのかもしれませんね。
またヒコロヒーさんは大の麻雀好きで、部活などはしないで麻雀に弩ハマリしていたそうです。
バイトで稼いだお金はほとんど雀荘で使っていたそうです。
まあそんな高校生はあまりいないでしょうね。
そのせいあって、いまでは「盲牌(もうぱい)」(盲牌とは指の腹で牌の図柄の凹凸をなぞり、その感触で牌の腹を見ずにどの牌か識別出来る技)もできるとうほどの腕前になったとういことです。
ギャンブル大好き少女だったのでしょうか。
ヒコロヒー高校新居浜説
そんなヒコロヒーさんの実家は大富豪ではないかとの噂があります。
実はヒコロヒーさんの実家は新居浜市であるという噂もあるのです、新居浜市というのは知る人ぞ知る、あの有名な住友財閥の出身地だからです。
この新居浜市には別子銅山という鉱山があります、この銅山は住友家が経営して日本の経済発展に大いに貢献した歴史があるのです。
この住友グループを発展させたのが「広瀬宰平(ひろせさいへい)」という人物なのです。
この「広瀬宰平」さんと血縁関係にあるのではないかと言われているのです。
それはヒコロヒーさんはいまだに実家の詳しい住所などを公表していません。
これはひとえに実家に出来るだけ迷惑をかけたくない、ヒコロヒーさんの配慮から来るのではないか、という見方があるからです。
住友家はあまりにも有名な存在ですから、そこが実家だとするとメディアは必ず取材攻勢をかけます。
そんなことをされて実家に迷惑がかかってはいけないというヒコロヒーさんの配慮から実家の場所を教えないことも理由の一つです。
また実家の財力を頼りに芸能界でのし上がって行きたくないという思いがあるのかも知れません。
ヒコロヒーさん自身もそんな実家の財力を頼りにしたくないという思いが強くて出来るだけ実家とは距離をおいているのかも知れません。
それでなくてもヒコロヒーさんは語学に堪能なところがあり、それだけの語学を学ぶにはそれなりの実家の財力が必要となってくるからではないかと言われています。
ヒコロヒー高校のまとめ
今回はお笑いピン芸人のヒコロヒーさんを取り上げてその卒業した高校や大学について紹介して来ましたが、ヒコロヒーさんは自分の詳しい出身をいまだに明らかにしてはいません。
それはやはりそれなりの理由があってのことだと思います。
実家に迷惑をかけることを極端に嫌う、ヒコロヒーさんですが、そのため実家は富豪であるとの噂が絶えません。
富豪から辿っていくと新居浜市出身が有力な候補地になりますが、いえいえそうではなくて出身は松山市だという噂もあります。
どちらも状況証拠からは信憑性の高い情報ではあります、しかしどちらも決定打に欠けるのも事実ですね。
とにかく自分からは出身を明かそうととはしないヒコロヒーさん、でもいつかは自分からあきらかにしてくれる日がくるかも知れませんね。
本名も公表していないということはやはり実家に迷惑をかけたくない思いが強いのでしょうね。
でもネット上では「広瀬ひろこ」ではないかと言われています。
ヒコロヒーさんは自分の芸名をつけた理由がカクカクの名前にしたかったから、と言っていますが「ヒロセヒロコ」もカクカクですよね。
そこから「広瀬宰平」に繋がるのではとの噂も信憑性が高いですよね。
いずれにせよ、ミステリーな過去を持つヒコロヒーさん、その特異な自分史をもつヒコロヒーさん。
そんな条件は芸能界では大成する素質が大きいと言われています。
これからの芸能活動が大いに楽しみなヒコロヒーさん、大きく成長していって欲しい存在であることに間違いはありませんね。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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